うだつのあがる街並み│信州 海野宿

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3連休、軽井沢にて行われた、バウビオロギーの講習会、BAU会議in軽井沢に参加してきました。座学中心の3日間でしたが、3日目のプログラム終了後、長野県東御市にある伝統的建造物群保存地区、海野宿に行ってきました。

海野宿とは  Wikipediaより
1625年(寛永2年)に、北国街道の宿場として、江戸幕府によって設置された。当初は田中宿との合宿であり、後に本宿になった。
海野宿には、約6町(約 650 m)にわたり街並みが続き、本陣1軒と脇本陣2軒が設けられ、佐渡の金の江戸までの輸送、善光寺までの参拝客や、北陸諸大名の参勤交代などで利用され、非常に賑わいをみせていた。明治時代には鉄道網の発達により宿場町の利用客が減ったため、養蚕業を主に行っていた。また明治時代には信越本線の駅の設置が計画されていたが中止になった。
現在でも本陣、脇本陣、問屋、旅籠などの跡が残っており、明治時代の養蚕業に用いられた伝統的建造物も残っている。


立派なうだつが上がっています。防火のためにつけられた袖壁のことですが、うだつをつけられるのは裕福な家のあかし。ここに見られるのは「袖うだつ」という装飾をこらしたものです。元気なシャチホコも載ってます。
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屋根の上には、気抜き窓を設けるためにとりつけられた小屋根。蚕の飼育には保温が大切で中で火を焚いたので、煙出し用だそうです。長短が2本ずつ交互に組み込まれている格子も海野宿の特徴で、海野格子を呼ばれています。
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江戸時代の旅籠に見られる、出格子、出桁。1階より2階が張り出しています。
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火災が多かったのでしょう。蔵造りや、軒先まで漆喰を塗った建物が多く見られました。
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漆喰の下地に、板に縄を巻きつけています。
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以前ブログに、茨城県結城市見た明治期のころ建てられた見世蔵の記事を書きましたが、格子のパターンやプロポーション、特徴となっている小屋根など除けば、似てますね。
歴史ある街並みとアート、結い市 │ 結城市にて


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同じ材料と技術を使いながらも、当然地域によって差が出てきます。建物から雪の多い土地なのか、風が強いのか、地元でとれる材料は何なのかを知ったり、参勤交代の様子を想像したり。その地ならではの建物を見ることは、例えるなら地酒を味わうような愉しみです。
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by atelier-tsubaki | 2012-11-25 23:41 | まち歩き・まちづくり

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