中国・内モンゴル自治区にササボク植林│途上国の環境から思うこと

ブログパーツのグリムス(右下に置いてあります)からお知らせがありました。以下のスケジュールで植林があるそうです。


-場所:中国・内モンゴル自治区
-日時:2012年11月
-樹種:ササボク
-本数:28,000本

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添付の植林レポートによると、植栽が行われる中国・内モンゴル自治区は黄砂の発生源ともなっているそうです。
中国・内モンゴル自治区にある阿拉善(アラシャン)盟は、砂漠化が深刻で、黄砂の発生源のひとつになっています。この地も昔は木々の緑が多く見られたのですが、放牧のやり過ぎなど幾つかの要因で土地が荒れ、砂漠が広がる結果を招いています。このままの状態を放置すると、地元の住民(元々は遊牧民)は生業を失い、「環境難民」(自然環境の変動により移住を余儀なくされる人々)の大量発生が懸念されます。また、上述の黄砂の発生量も甚大になると予想されています。


このような途上国に多く見られる環境破壊を見ると、日本の自然は豊かで恵まれてるいるな、と思います。日本人は昔から自然と共存し、森を大切にしてきた民族・・・、今まではそう思っていました。


しかし、最近読んだ本に衝撃に事実が記されていました。

森林飽和―国土の変貌を考える  
NHKブックス 太田 猛彦 (著)
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本文から引用します。
江戸時代に生まれた村人が見渡す山のほとんどは、現在の発展途上国で広く見られるような荒れ果てた山か、劣化した森、そして草地であった。

昔の浮世絵や地図などを調べてみると、緑の生い茂った山はほとんどなく、禿山に松が数本、というところがほとんどだそうです。そのなった原因は人による収奪。森しか資源のない日本において、森林は建材や食料調達だけでなく、薪や落ち葉は燃料に、草は飼料や肥料に、その他農機具や身近な道具の材料として、ともかく利用しつくして生活をしていたようです。


江戸時代に人口が増え、製鉄や窯業などの産業がおこると燃料としての木の利用はますます加速し、結果として山は荒れ地となり、そのために土砂崩れや洪水などの災害も頻発するようになった、とこの本にはあります。


現在、「里山」がブームのような観がある。読者の中にも里山の好きな方がおられるだろう。その方々の中には「かつての里山には持続可能で豊かな森が広がっていた。人々はその恵みを受けて暮らしていた」と信じている方がいらっしゃるのではないだろうか。しかし、今まで説明してきた(荒れた)山地・森林はほとんどすべてが「里山」である。

本当に、里山のある生活ってなにかいいものだという思いがありました。実は厳しい生活のための資源を得る場であって、その利用過程は今の途上国の姿となんら変わりはなかったのですね。

結局明治期にも乱伐が進み、第2次世界大戦でも森林を含めた国土の荒廃は激しいものだったそうですが、次第に回復して現在のような豊かな緑が見られるようになりました。こちらの本、後半は森林の回復と現在の問題点について書かれています。その話は続きで・・。
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by atelier-tsubaki | 2012-12-14 20:48 | 建物の性能・エコ・環境

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